地図にない”山奥の謎の城”が2200万回閲覧の大バズリ 四国中央市は「驚き」地元民も知らない廃墟の”切ない歴史”
地図に載っていない謎の城と聞けば、誰しも気になるもの。
先日、各地の”廃墟“を紹介しているXアカウント『toshibo』さんが、《Googleマップに載ってないし教科書にも載ってない山奥にある謎の城》として、山の中にポツンと建つ城の写真をポストしたところ、2200万回以上閲覧されるほどの反響を呼んでいる(3月21日現在)。
《なんだこれミステリー案件》
《興味しか湧いてこないな笑》
《一瞬、元たけし城かと》
驚きのリプライが飛び交うこの城の正体は――。
城郭に詳しい書籍編集者は、「そもそも『城』として認められていないと、教科書や地図には載らない」と言う。つまり教科書などに載っていないというこの城はホンモノの城ではなく、“城ふうの形をした建物”ということになる。ただ、実際にはGoogleマップを検索してみると、愛媛県四国中央市にその“城”のような建物が確認できる。マップ上の表記は「大野城(廃墟)」と名付けられている。
「大野城は、愛媛県の秘境とも呼ばれる法皇山脈から瀬戸内海に流れる関川の支流・浦山川沿いの登山道にある“建物”です。
もともとはレストランだったようで、国土地理院の空中写真アーカイブを調べると、1975年11月に造成中の様子、その後1982年5月には建物が完成していることが分かるため、1970年代後半~1980年前後に開業したのではないかと思われます。その後90年代になると、建物は徐々に木々に埋もれるようになっていることが見て取れるため、この頃にはすでに営業していなかったでしょうね」(前出の書籍編集者)
■地元・四国中央市の担当者は「福岡県じゃなくて?」
すっかり“廃墟”化した大野城だが、現地・愛媛県四国中央市に問い合わせると、担当者は「知らなかった」とその存在を把握していなかった。
「大野城……ですか?」というリアクションだったが、それもそのはず、地図には載っていないのだ。ネットで「大野城」を検索し、「福岡県にある『大野城跡』ではなくて?」と戸惑う担当者は、「愛媛県の大野城……本当ですね、 “廃墟”をまとめたサイトで紹介されているんですね」と驚き、市役所内でも「大野城」に関する情報を聞いてくれた。
結果、「観光交通課などいろいろ聞いてみたのですが知ってる人はいなくて……」(担当者)と、ただでさえ秘境の山の中にあるためか、地元民も知らない廃墟・「大野城」。
実は、観光客を呼ぶためにつくったものの、ブームの終焉とともにそのまま放置され、廃墟化するものは少なくない。「おそらく大野城もそうでしょう」だと指摘するのは、前出の書籍編集者だ。
「愛媛県の観光客数は1965年に約1000万人、1973年には過去最高の約2000万人と、高度成長期に急成長しています。旅行スタイルも団体旅行から少人数での旅行に移行し、秘境にも関心が集まるなか、観光客向けに派手な建物をたてたのでしょう。
ただ全国各地にこうした建物はあり、取り壊すのもお金がかかるということで放置されているんですよね。それが廃墟として、コアなファンにとって“観光地”化することはありますが、商業的・経済的に新しく息を吹き返すことはないのが現実です」(前同)
廃墟となったのちに有名になるとは、なんとも切ない話だが……。
https://pinzuba.news/articles/-/10172
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引用元: ・地図にない"山奥の謎の城"が2200万回閲覧の大バズリ 四国中央市は「驚き」地元民も知らない廃墟の"切ない歴史" [Ailuropoda melanoleuca★]
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